教会へのご案内

教会は初めてなのですが…という方へ

①聖書の話を聞くのは礼拝がよい機会です。
②予約や費用などは、まったく必要ありません。
*「献金」の時がありますが、信者がするものです。献金箱が来てもパスしてください。
(気がすまない…と思われるのでしたら、どうぞいくらでも…)
③普段着でよく、幼児同伴でも大丈夫です
*少し狭いのですが、母子室(和室)があります(⇒ギャラリー参照)。
④聖書や讃美歌は、用意しております。
⑤強制されることは一切ありません。
*御用事の際は、途中退席されても大丈夫です。
*住所や氏名、連絡先をお知らせいただく必要はありません。
イベントなどのご連絡をさせていただいても良い場合は、どうぞ!
⑥耳の遠い方は、FMワイヤレスラジオで聴けます。お申し付けください。
⑦礼拝堂内は「完全バリアフリー」で、車椅子でも、杖でも外からそのまま入っていただけます(⇒ギャラリー参照)。

●教会には、あなたの席をいつでも用意しております!あなたに、神さまからの言葉を贈ります…
『わたしは、あなたがたのために立てている計画をよく知っている …主の御告げ…
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに、将来と希望を与えるためのものだ。』 (エレミヤ書29章11節)

『この希望は、失望に終わることがありません。』 (ローマ書5章5節)

 

信仰 Q&A

問1 日曜日は「ネテヨウ日」!?

pic1 古いダジャレですが、ばかにはできません。週日酷使した体を休ませることは、どなたにも必要です。ただし、心の疲れや、たまりにたまったストレス、さらに怒りや憎しみなどは、ゴロ寝ではとれません。気晴らしにレジャーも良いのですが、逆に疲れたりすることも…。
家でゆっくり「団欒」が理想ですが、「だんらん」は漢字もむずかしいし、実際にもむずかしい…。心が通っていないとき、家族であっても、顔を合わせるだけで気詰まりです。
英語の「ホリディ(休日)」は、ホーリーディ(聖なる日)から転じたもので、クリスチャンが日曜日を『聖日』(旧約聖書・創世記2章3節より)と呼び、教会でまことの神さまを礼拝することに由来しています。
天地万物を創られた神さまの言葉<聖書>に耳を傾け、創造主であるお方のご愛を知り、罪(*)の重荷をおろし、心身ともにリフレッシュするのが日曜日です。神さまのもとに人生の重荷を下ろし、人間関係のもつれが解け、心の傷がいやされ、本当の「だんらん」が生まれます。
(*罪:自己中心、エゴイズム…世界と自分の創り主である神さまを認めない心のことです!)

問2 日本は、キリスト教と関係ない!?

 歴史年表に、必ず登場する『紀元前/紀元後』をあらわす『B.C/A.D』の意味をご存知ですか? 「B.C」は、Before Christ (「キリスト以前」)、の略、「A.D」は、Anno Domini(ラテン語/「主(キリスト)の年」)の略です。closs
新約聖書によると、キリストの生涯は短く(約30年)、3年半の活動後に捕えられ、極悪人と共に十字架で処刑されました。どう考えても立派な生涯には見えません。しかし、この人物の誕生を境に、人類の歴史を二分したのです。そして二千年以上経った今も、十字架の死から三日目によみがえられたキリストが生きて働かれていると信じる人は増え続けています(現在20億人以上)。あの十字架にかかられたキリストこそ、私やあなたの罪の罰を代わりに背負われた、神の姿そのものであったと信じているのです。世界で最も残酷な処刑の道具であった「十字架」が、今や、神の愛と救いの象徴として、赤十字のマーク「」、工事現場(安全第一)、病院のマークやアクセサリーとして、世界中に、そしてこの日本中にもあふれています。
カルカッタの聖女 マザーテレサは言いました。
『神がわたしたちを創られたとき,わたしたちを愛から創りました/神は愛なのですから,他の説明はありません/そして,神はわたしたちを愛するため,
そして愛されるために創られたのです/もしそのことをいつでも覚えていられるならば,戦争も暴力も憎しみもこの世からなくなるでしょう。それは美しく,そして簡単なことです。』

マザーテレサ「わたしはあなたを忘れない」より

 神の御子主イエス・キリストは、その救いを信じるすべての人に、罪の赦しと永遠の救いをくださいます。自分らしさを回復され、希望をもって生き、「死」すらも、安心と慰めをもって迎えられるのです。
あなたのために、特別に用意された、神さまからの特別な慰めを信じて心に受け入れられ、変わることのない神さまの御愛を受け取られることを、心からお勧めいたします。どなた様も、ぜひ教会にお越しください。

 

クリスチャンの方へ

 もしかして、教会をお探しですか?当教会の信仰な立場は以下の通り…
*この教会は、宗教改革において再認識されたプロテスタントの流れの中で、初代教会以来の伝統に従い、「聖書はすべて誤りのない神の言葉であって、信仰と生活における唯一の基準である」と告白する福音主義(いわゆる聖書信仰)の立場に立っています。
*プロテスタント諸派の中でも、18世紀に、英国国教会の中から真理を求めて生み出されたメソジストの信仰を大切にしています。人はキリストの購い(罪の身代わりの十字架)により、信仰によって罪が赦されて救われ、新しく生まれた後、きよめの恵みにあずかり、更に、神の恵みによって成長し、信仰者として、また人としての成熟を目指します。一般には「きよめ(ホーリネス)派」と呼ばれるグループの信仰です。

 

当教会の歴史

*玖珂教会のルーツは、病の床に伏していたあるアメリカ人(レイ・ペディゴ氏)が、ラジオの福音放送を通してキリスト を信じて救われ、癒され、敗戦間もない日本宣教の幻をいただいたことにあります。その福音伝道(ラジオ福音放送 「いのちの声」)を通して重平牧師は救われました。
*重平友美牧師(35歳)と結婚した7歳年下の博子夫人(28歳)は、 15歳でリューマチを発症し、以来50年間、病に苦しみ続けた人生 でした。絶対に結婚しないと決めていた彼女が結婚したのは、半 身不随の重度身体障害者…無謀な結婚なのに、誰一人反対しな かったばかりか、家族・親戚・友人たち大勢に祝福されました。互 いが互いの助け手となろうと決心して結ばれ、玖珂キリスト教会は 始まりました。

教会創立55周年の歩みはこちら